発症

痔瘻の発症〜入院まで

痔瘻の発症から入院に至るまでの事について。

一番始めに出た症状は肛門と足の付け根の間ぐらいの位置にできた大きな腫れ物でした。

今まで痔瘻というものを知らなかったのでこれがまさか痔だとは思いませんでした。

そしてこれが入院・手術に繋がるなんて事も、この時は知りませんでした・・・

痔と言えば、「いぼ痔」や「切れ痔」。

私は診断の結果、「痔瘻(じろう)」。

痔瘻!?

お医者さんによると、「痔瘻(じろう)」とは、直腸と肛門周辺をつなぐトンネルができる病気

とのこと。

その説明を聞いてもよくわかりませんでした。。。

そこで色々自分で調べてみることに。

すると、色んな方のブログや記事で「入院」や「手術」という文字が・・・。

実は昔、半月板損傷で手術と1週間の入院を経験していました。

その時の経験から、入院して夜を病院で過ごすことに少し抵抗があり(怖かったのです。)、「痔瘻」のことそのものよりも、「入院」「手術」という言葉に目がいってしまいました・・・

ちなみに、痔瘻の詳細は下記サイトに書いてありましたのでご参考にしてください。

痔瘻とは(Wikipedia)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%97%94%E7%98%BB

 

痔の王様『痔ろう』はマジでヤバい!!放置すると...

http://matome.naver.jp/odai/2140627377554735201

 

前置きはこれぐらいにしまして、ここから発症〜入院までの流れについてご説明します。

 

痔瘻の発症から入院まで

2014年3月

日曜日、会社仲間とフットサルの大会に参加。

みんなでスーパー銭湯に行って汗を流し、ファミレスで反省会。

次の日の朝、足の付け根が腫れており、触れると激痛。

もちろん椅子に座ることもできないので会社を休む。

自転車を立ち漕ぎして近くの小さな病院(A病院)へ。

診療科は「肛門科」。

40歳前後と思われるお医者さんに診てもらい、診断結果は「おそらく痔瘻(じろう)」とのこと。

とりあえず腫れを引かせるため、日帰り手術をするのこと。

腫れている部分を切って膿を出すことに。

局所麻酔→「激痛

切開→「激痛」 ※痔の治療の中で一番痛かった。。。

切開は焼けるような熱い痛み

腫れは引いたものの、大事を取って3日間会社を休みました。

2014年4月 〜 8月

3月に切開してできた切り口が閉じないな〜と思いながらもそのまま過ごす。

“少し腫れる” → “「膿のような液体」が出る” → “腫れがおさまる” の繰り返しです。

これ大丈夫かな・・・?という気持ちもありましたが、何故かこのときは事が大きくなって入院とか手術の話になったら嫌やとか考えていて、きちんと向き合うことができていませんでした。

一体自分は何を考えていたんだ・・・

2014年9月

違うところが腫れる。

腫れ2」の誕生である。

セカンドオピニオンは大事だと思い、一応違う病院で診てもらうことに。近くの別の病院(B病院)へと向かいました。

しかし、病院が変わっても、また例の ” 局所麻酔 →「激痛」 “、 “切開 →「激痛」” が待っていました。

いや、何回しても、痛い。。。

切開によって「腫れ2」は引き、様子を見ることに。

この頃から、なんとな〜く、これは入院しないといけないのでは?と思い始めていました。

2014年10月

「腫れ3」がこの世に生を受けます。

またもや恒例の  “局所麻酔 →「激痛」 “、 “切開 →「激痛」” です。

慣れたもんです。

いえ、嘘です。何回やってもめちゃくちゃ痛い。

この辺りで、先生から攻めの治療の提案がある。

切開した傷穴から「生理食塩液」を流し込み、中を綺麗にして膿をなくすという内容。

病院ではもちろん先生が流し込んでくれたが、毎日家で自分でやるようにとのこと。

なんと、「生理食塩液」と「注射器」を支給され、自分で傷穴から中に「生理食塩液」を流し込む毎日が始まる。(1日1回)

「自分は一体何をやっているんだ・・・」と思いながらも、「これを続けたら治るんや!入院はしたくない!」と心の中で叫びながら、風呂場で「生理食塩液」を流し込み続ける。。。

しかし、実はこんなことをしている間にもどんどん事態は深刻化していっており、後の入院に繋がっていったのです・・・

2014年11月 〜 2015年1月

例の「攻めの治療」のおかげか、腫れることはなくなりました。

しかし、「攻めの治療」に疲れてきました。

理由は二つ。

1つ目の理由は、「生理食塩液」と「注射器」のセットが高額だということ。

なんと1ヶ月1万円程かかっていました。

2つ目の理由は、毎日するのがかなり面倒+たまに痛いということ。そして確かに腫れはしないものの、良くなっている気配(完治の気配)もなかったため、この「攻めの治療」をやめてしまい、B病院へも行かなくなりました。

2015年2月 〜 4月

この時期、体調を崩すことが多くなる。

急性胃腸炎発熱インフルエンザに連続して襲われる

よく考えると痔瘻と思われる症状を発症してから「発熱」が多くなった気がする。

高熱まではいかないが、微熱が月1回ぐらい出てました。

ちなみに私は中学・高校を皆勤賞で卒業したぐらい健康で熱が出ることはあまりありませんでした。手術や入院の経験もなく、本当に健康体でした。

そんな感じだったので、もしかして何か関係あるのかもと思い、もう一度「痔瘻」と向き合うべきでは?と考え始めます。

2015年5月

痔瘻治療で評判の良いC病院に行くことに。

まずは患者さんの多さに驚く。

みんな同じような悩みを抱えているんだなと思い少しホッとする・・・。

が、入院患者も居ることに気付き、ちょっと嫌な予感が・・・。

そして診察。

結果は「手術しないと治らないよ。できるだけ早く入院しましょう。」とのこと。

ついに入院の宣告が・・・嫌だ・・・。

でもそんなことを言っている場合でもなさそうなので、すぐに入院と手術の日程を確保し、会社に連絡。

発症してから1年以上経って、ついに本格的な手術をすることに。

手術方法は「シートン法」とのこと。ちょっとかっこいい名前。

シートン法とは、「痔瘻でできたトンネルを取り除き、取り除いてできた菅に特殊なゴム(輪ゴムみたいなもの)をかけるという治療」とのことでした。

うーん・・・

これもよくわかりませんよね?

下記サイトにわかりやすく説明がありました。

痔瘻の手術(シートン法)

http://daichoukoumon.com/zirounosyuzyutusetonhou.html

というわけで、発症から1年以上経過して、ついに入院・手術が決定したのです。

入院が決まると、早速看護婦さんから「入院の手引き」的な紙を渡され、入院するにあたっての注意事項や準備物についての説明がありました。

上の方でも書きましたが、半月板損傷の時も1週間入院したことがあったので大体のイメージは付いていたのですが、今回の入院独特の持ち物の記載が・・・。

そこに書かれていたのは、「生理用ナプキン」。

えっ・・・。

なんと、手術後、「滲出液(しんしゅつえき)」なるものが大量に出るため、それを生理用ナプキンで受け止めるとのこと。

もうその説明を聞いただけで、ブルーな気持ちに・・・。嫌だ・・・。

とりあえずその日はそのまま真っ直ぐ家に帰り、後日入院の準備に取りかかりました。

とにかくちょっとでも入院ライフを楽しくしないと!と思い、お気に入りの漫画や小説をカバンに詰め込みました。途中ですることがなくなってしまったら辛いので、大量に詰め込んだ結果、1週間の入院とは思えないほどの量の荷物になりました。笑

そして、生理用ナプキンの店頭での購入はめちゃくちゃ恥ずかしかったので、ネットで買いました。

かくして着々と準備を行い、いよいよ入院の日がやってきました。

>>次の記事 痔瘻の手術と入院

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